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(短編)先輩と後輩<前篇>


 絶対、そうだと思う。
 俺は隣にいる、1コ下の後輩を盗み見た。
 「先輩、コレは? コレは、どこに置けばいいんですか」
 嬉々として尋ねてくる後輩に、俺は戸棚の一番上を指差した。
 後輩は身長が低く、どう見ても戸棚の一番上には届かないのに、懸命に体を伸ばしてそこにファイルをしまおうとする。
 小さくジャンプして、届かないかどうか試しているが、届く気配は全くない。
 仕方なく、俺は後輩の手からファイルを取り上げ、自分で戸棚の一番上にファイルをしまった。
 やると言い出したのはコイツなのに、これでは片づけがちっともはかどらない。
 ため息が出るのを我慢して、俺はファイルの選別に戻った。
 「あ、ありがとうございます」
 後輩は頬を赤く染め、もじもじと言う。
 はじめはコイツの引っ込み思案というか、恥ずかしがりというか、もじもじするところが煩わしくて仕方なかったが、慣れてしまった今ではそうでもない。
 まあ、時々、本当に時々だが、今でもイライラしてしまう時はあるが。
 慣れれば、平気だ。
 うるさくないし、騒がしくないし、バカじゃないし。
 一緒にいて、さほど疲れない後輩だ。
 俺の周りにはなぜか、バカな後輩が集まってくるみたいで、俺は後輩の失態の尻拭いをさせられることが多い。
 そんな中、コイツにはまだ迷惑をかけられていなかった。
 後輩はまた性懲りもなく、高い場所にしまうファイルを手に取りやがった。
 前言撤回。やっぱりコイツもバカかも知れない。
 「おい。それはもういいから。こっちのファイル分けを手伝え」
 「あ、はい!」
 後輩は無駄に元気に返事する。
 出そうになったため息を、俺は何とか飲み込んだ。
 絶対、そうだと思う。
 この後輩は、俺に好意を持っている。
 で、周りから見ればバレバレなのに、コイツは俺に気づかれていないと思っている。
 自分で言うのもアレなので指摘してはいないけど、周りがソレをわかっていて俺たちを二人きりにしようとするのが煩わしい。
 二人きりになったからって、俺たちにナニか起こる訳無いのに。
 そんな周りのお節介で、今二人きりで資料整理なんていう面倒くさいことをしているわけだが。
 相変わらず後輩は俺の様子をチラチラ伺いながら作業をしている。
 そんな様子では作業は全くはかどらないと思うが、注意したりしない。
 話しかけると満面に喜んでテンションがあがり、コイツはミスしてしまうとわかっているから。
 余計な仕事を増やすことだけは勘弁して欲しい。
 俺は黙々とファイルの選別を進めた。

 「先輩、この前の試験でベスト5に入ってましたよね」
 またこの後輩は、俺の気を引こうと頑張り始める。
 「まあな」
 「先輩って頭良いですよね。すごいなぁ。うらやましいなぁ」
 テストの結果については、褒められてまんざらでもない。まぁ、頑張った結果がそこに表れているわけだから。
 それにしても、本当にうらやましく言うんだな。
 「お前は試験の結果、どうだったんだ」
 「えっ・・・えーと」
 「反応が良くないところを見ると、悪かったんだな」
 「えっ・・・そんなことは」
 言葉を濁している。
 いつもなら、イライラしてしまう場面だが、今は平気だ。むしろ、もっといじめたくなってしまう。
 「結果表、見せてみろ」
 「い、やっ・・・ホントに見せるほどのこと無いので」
 「いいからいいから。カバンの中か?」
 「やー、やめてくださいよぉー、センパぁーい」
 俺は後輩のカバンを手元に引き寄せ、中を開けた。後輩に中を示して、どこにあるのか答えるよう強要する。
 コイツが俺に逆らうわけが無い。
 後輩は大人しく、ペンケースにしまっておいた(隠しておいたのかもしれない)、小さく折りたたんだ成績表を出した。
 しかし、後輩はなかなか俺にソレを渡そうとしない。
 「おい、早く見せろ」
 「やっぱり、駄目です」
 「おい」
 「駄目です」
 「見せろって」
 「いーやーデースー」
 俺は成績表を奪おうと迫ったが、後輩は渡すまいと逃げ回る。
 「こら。渡せ」
 「嫌ですっ。いくら先輩でも、やっぱり駄目ですっ」
 狭い部屋の中、俺は後輩から成績表を奪おうと追いかける。しかし、意外にすばしっこい後輩は、俺の手をひらりひらりとかわして逃げ回った。
 「待て」
 「嫌です」
 机ひとつ挟んで向かい合う。お互い軽く息が上がっていた。
 「笑わないから。ほら、渡せ」
 「笑われなくても、嫌です。見せたくない」
 「見せろって」
 「駄目ですっ」
 いつになっても平行線だ。
 一瞬考えた俺は、右手を伸ばして捕まえようとする。
 すると後輩は俺の左側に身をかわして逃げるが、実はそれは俺のフェイントだ。
 俺はすぐに左に足を踏み込み、後輩の腕を掴んだ。
 捕まえた、と思ったが、後輩は全力で俺を突き飛ばす。
 しかし、俺はビクともしなくて、そんなに見られたくないのかよ、と呆れながら、後輩がバランスを崩して背中から倒れていくのを見た。
 背後の戸棚に背中をぶつけて、後輩はそのまま横によろめいて床に倒れた。
 バカめ、と思ったのもつかの間、書類棚の開いた戸の中から整頓途中の分厚いファイルがずるりと崩れてきた。
 「あ」
 間に合わないと思い、俺は後輩の上に覆いかぶさった。

 わずかな間の後に、ゴッという音が背中を通して聞こえた。それは何度か続いた。
 分厚いファイルの落下が止まると、途端に背中に痛みと熱が集まる。
 すげぇ、イタイ。
 声にもならない痛みを我慢していると、部屋の戸がガラリと開けられた。
 「おっと」
 声から、同級生の生徒会長だとすぐにわかった。
 「一言、言っておくが」
 生徒会長の声はとても落ち着いていた。
 「行為に至る時はきちんと鍵を閉めておくべきだよ。では。失礼」
 はぁ?
 意味がわからなかったが、すぐに勘違いされたことに気がついた。
 踏んだり蹴ったりの状況にため息が出る。
 まあ、勘違いされても仕方ない体勢だったが。
 「あ、あの・・・」
 俺の体の下で、後輩がためらいがちに話しかけてくる。ヤツは首まで真っ赤に染めていた。
 俺は後輩の手の中から、当初の目的だった成績表を取り上げた。
 「あっ、だめっ」
 後輩はそれを奪い返そうとしたが、俺は床に突いた腕を外して後輩に全体重を乗せた。
 背中の痛みと、会長に勘違いされたお返しだ。
 後輩は体を硬直させて黙った。触れている体温が高い。
 俺は背中の打撲と引き換えに得た成績表を見た。
 どの教科も平均以下で、順位も明らかに下から数えた方が早い成績だった。
 「お前・・・バカだろ」
 やっぱり俺の周りに集まる後輩はバカばかりのようだ。
 「お前、こんな成績でよくこの学校に入れたな」
 偏差値も入学金も高い私学なんて、本当に選ばれた人間だけしか入れないだろう。
 「お前・・・現国のこの点数の低さは何だ。お前日本人だろ。日本語出来ないのかよ」
 あまりの点数の低さにほとほとあきれてしまう。こんな低い点数初めて見た。
 「なんでこんなに点数悪いんだよ。解答欄、一つずつずれて書いてしまったとかいうオチか?」
 散々、後輩の成績を非難するが、後輩は黙ったままだった。
 何か反論でもしてみろと思ったが、そういえば下敷きにして黙らせたままだったと思い出す。
 俺が体を浮かすと、後輩は全身真っ赤に染め上げたかのように赤面して、涙ぐんでいる。
 ちょっといじめすぎたか、と思ったが、俺のいたずら心は簡単に納まりそうになかった。
 俺は後輩の顔をじっと見つめてみた。
 後輩は、黙って俺を見返すだけだった。
 どうしてコイツは俺に好意なんて向けてるのだろうと、不思議に思う。
 俺なんかより、見た目も中身も良い男なんて学校内にたくさんいる。
 というか『男』限定で考えている時点で間違っていると思うが、俺なんてイイ男の上位30%にも入っていない。・・・いや、25%かな。
 とにかく。俺なんかよりずっとイイヤツはいるのに、どうして俺なんかを選ぶかな。
 まぁ、バカだから仕方ないのか、なんて思ってしまうのは、鬼畜だろうか。
 無言で見つめる俺に、後輩は何かを言おうとして、でも言葉にならなくて、真っ赤な顔のまま唇を震わせていた。
 後輩の唇は乾いている。と言ってもカサカサにひび割れているわけではなく、健康そうな赤だ。
 よく女子が唇を艶やかにするためか、脂ぎったような唇にするが、俺はソレが嫌いだ。
 キスする時、ベットリとした感触が気持ち悪いからだ。
 その点、後輩の唇は合格だ。
 リップをつけなくてもしっとりとして、感触の良さそうな唇だ。
 この唇にキスしたら気持ち良さそうだな。
 そう思ったら、いつのまにか俺はその唇にキスをしていた。
 後輩が息を飲んだのがわかる。全身を硬直させて、目を見開いていた。
 想像通り、後輩の唇は気持ちよかった。
 しかし。
 「悪い」
 冗談が過ぎた。
 俺は後輩の上からどいて、周りに散乱したファイルの片づけを始める。
 改めて見ると、背中に直撃したのは辞典ほどの厚さのファイルだ。コレでよく骨が無事だったな、と思う。
 背中はすごく痛いが、動けないほどではない。
 俺はファイルをもとあった場所に次々に戻していった。
 資料整理はまだまだ終わる気配を見せない。
 ファイルを一番高い戸棚に入れていると、部屋の戸が勢いよく開けられ、力まかせに閉められた。
 部屋に後輩の姿がない。
 後輩は逃亡してしまった。

(つづく)

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